「圏外だから衛星」と決める前に — 山間部 IoT のコストを、請求書に載らない分まで数えてみた

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LTE が入らない山の中に、センサを置きたい。傾斜でも、雨量でも、水位でもいい。問題はいつも同じで、「で、そのデータ、どうやって下界まで持って降りるの?」だ。

この記事は、その一点について、私が頭の中で一周した思考の旅の記録です。結論を先に言うと、「圏外だから衛星」でも「無料だから特定小電力」でもなかった。分かれ目は、もっと地味なところにありました。

そして最後に、その分かれ目を自分の現場の数字で見積もるための、ごく単純な枠を置いておきます。ソフトウェアの言葉で言えば、これは「自前インフラ(build)」と「マネージドサービス(buy)」の TCO 比較で、効いてくるのは請求書に載らない運用コスト——という、分野を問わず見覚えのある話だと思います。

前提:ここで言う「920MHz 帯」とは

まず土台を揃えておきます。日本のサブ GHz 帯に 920MHz 帯があり、その中の特定小電力無線として免許不要で使える区分(ARIB STD-T108 が定める)に、LoRa / LoRaWAN・Wi-SUN などが同居しています。本記事ではこれらをまとめて「920MHz 系 LPWA」と呼びます。

用語を二つだけ。

  • マルチホップ中継:ノードからノードへデータをバケツリレーすること。本記事の「ホッピング」はすべてこの意味で、LoRa の周波数ホッピング(FHSS)とは別物です。ネットワーク寄りの方には、要するにメッシュのマルチホップルーティングだと思ってもらえれば近いです。
  • トポロジ:LoRaWAN は標準ではスター型で、多段中継はしません。山の中でゲートウェイまで届かないなら、Wi-SUN FAN のメッシュや独自プロトコルでの中継が現実解になります。

この前提で、話を始めます。

起:素朴な正攻法 — 920MHz を太陽光で、バケツリレーで降ろす

最初に考えるのは、たぶん誰でもこれです。

920MHz 系 LPWA のノードを、太陽電池パネルと小さな二次電池で動かす。パネルは安く手に入るし、MPPT(最大電力点追従)のチャージコントローラも安い。電波料はかからない。免許もいらない。

あとはノードを点々と置いて、マルチホップ中継でバケツリレーしながら、LTE が入るところまでデータを運べばいい。最後の 1 台だけ LTE につなげば、あとは全部「無料の電波」で完結する。

紙の上では、これが一番安い。実際、ノードが適度に密集していて、中継を 1〜2 段かませば圏内に届く地形なら、これが圧勝します。多くの現場で、これは正しい答えです。

……「地形なら」。ここに最初の落とし穴があります。

承:でも、山でのホッピングは甘くない

机上で線を引くと中継は繋がる。現場で起きるのは別の話です。

見通しが 9 割

920MHz は直進が基本で、尾根や谷が一つ挟まると遮蔽損が大きい。2.4GHz より回折(回り込み)しやすいので NLOS(見通し外)でも残ることはありますが、過信は禁物です。

しかも厄介なことに、フレネルゾーン——送受信点を焦点とするラグビーボール状(回転楕円体)の領域——は、周波数が低いほど太くなります。たとえば 5km のリンクなら、中間点の第 1 フレネルゾーン半径は 920MHz で約 20m、2.4GHz で約 13m。この第 1 フレネルゾーン半径の 6 割ほどは空けておきたい——逆に言えば、地面や木立で 4 割以上塞がりはじめると、自由空間並みの伝搬は得られなくなります。つまり「回り込みやすい」920MHz は、ゾーンが太いぶん クリアランス確保ではむしろ不利な側面を持ちます。

結果、中継ノードは「電気的に置きたい場所」ではなく「電波的に置かねばならない場所」=たいてい尾根の上に置くことになります。

デューティ制限が中継を詰まらせる

920MHz 帯はチャネル区分により、1 回の連続送信長(例:400ms や 4 秒)、1 時間あたりの総送信時間(例:デューティ 10% なら計 6 分、1% なら計 36 秒)、キャリアセンスの要否が決まっています(ARIB STD-T108)。

1 台なら気にならない。問題は中継です。中継ノードは自分の分に加えて下流のパケットを転送するので、同一チャネルの空中時間とキャリアセンス待ちを、近隣ノード全員で食い合います。段数を増やすほど、衝突・再送が増え、実効スループットが落ちていく。ソフトウェアでいうレートリミットの共有枠を、上流に行くほど多人数で奪い合う構図です。

一番つらいノードの電池で、ネットワークの寿命が決まる

中継ノードは、自分の分+下流ぜんぶのパケットを背負います。だから末端より先に電池が枯れる。LPWA の売り文句は「電池で何年も動く」ですが、中継させた瞬間、その前提が崩れるノードが出ます。トラフィックが集中する一点が先に倒れる——分散システムのホットスポットと同じで、ネットワーク全体の寿命は「一番つらいノード」が決めます。

そして、誰が尾根に登るのか

電池が切れた中継ノードは、誰かが交換に行く。その「誰か」は、尾根を登ります。冬は登れないかもしれない。「無料の電波」のはずが、いつの間にか人が山に登る人件費が走り始める。しかも台数が増えるほど、獣によるケーブル断線や、太陽光パネルへの落ち葉・積雪といった「物理的に倒れる確率」が、ノードの数だけ積み上がっていきます。

ここで私は手が止まりました。これ、本当に安いのか?

転:衛星が、思ったよりずっと簡単だった(ただし条件付き)

「中継がしんどいなら、いっそ各ノードから直接、空に投げてしまえば?」

衛星通信、と聞くと大げさな基板とパラボラを想像していました。モジュール単体で見ると、違いました。

  • Iridium SBD:MCU から見れば UART に AT コマンドを投げるだけのシリアルモデムです。1 通あたり送信 340 バイト / 受信 270 バイト。LEO 多数機なので遅延は秒〜分と小さい。たとえば RockBLOCK 9603 のような評価・組込ボードだと 45×45mm・アンテナ一体で扱いやすい(ただし後述の通り、この種の海外ボードと、国内向けに認証された端末は別物です)。
  • Astrocast Astronode S:約 31×35mm の小さな SMD モジュール。3.3V 単一電源・送信時 < 0.35W(3.3V 換算で 100mA 級)・昇圧回路不要で、低消費電力 IoT に向く。ただし 1 通は最大 160 バイトと小さく、衛星数が少ないため衛星パス通過待ちで遅延は数十分〜時間オーダーになりうる。電池寿命「最長 10 年」は送信頻度を絞った最良条件の値で、太陽光+二次電池運用ならそこまで期待しない方がよいです。

ソフト屋さんへの橋渡しで言えば、制御の手触りは外部サービスの API を一本叩くのに近い。中継網というインフラを自分で持たずに、通信を「サービスとして」呼ぶ感覚です。中継はいらない、1 台で完結する——尾根に中継網を張る話が、まるごと消えます(もっとも、電源のピーク電流やアンテナの上空視界といったハード側の宿題は、API のようには消えてくれませんが)。

衛星の弱点も、正直に書く

「簡単」はモジュール制御の話で、運用は別です。

  • 上空視界が要る:森林キャノピーの下や谷底では、そもそも衛星が見えない。山間部ではここが最大の弱点になりやすい。「空が抜けているか」は置き場所をかなり縛ります。しかもアンテナは天頂へ向ける必要があり、傾斜地に雑に置くと空を向きません(適当に立てても近距離なら届く 920MHz の無指向性アンテナとは対照的です)。
  • 遅延と片方向性:Iridium はまだ秒〜分だが、Astrocast はパス待ちで分〜時間。リアルタイム制御には向かず、「定期的に数値を吸い上げる」用途が前提です。
  • 送信ピーク電流:Iridium 系は送信バーストで 1.5A 級を引くことがあり、スーパーキャパシタや低 ESR 電源設計が要る(Astronode S はここは穏やか)。
  • 初期費用:モジュール本体・アンテナ・初期登録費があり、「月額だけ」では終わりません。

「でも日本で使えるの?」 — 据置 IoT で使えるのは、実質この 2 つ

ここが一番の懸念でした。海外モジュールを個人輸入して日本で電波を出すのは、技適・電波法的にアウトになりうる。L 帯の衛星アップリンクならなおさらです。たとえば KDDI が法人提供する Iridium SBD 端末(SBD9603N など)は国内向けに認証された構成で、RockBLOCK の個人輸入品とは別物——同一視は危険です。

「日本で、据置センサノードから今すぐ使えるか」で正直に並べると、こうなります。

方式 日本の窓口 据置 IoT 用途 1 通ペイロード 備考
Iridium SBD KDDI(法人・BCP/災害想定) ◎ 今すぐ 340B LEO、遅延小、ピーク電流に注意
Astrocast SORACOM 衛星メッセージング起点 ○(Tech Preview) 約 160B 低消費、遅延大、提供条件は変動あり
NB-IoT NTN(Skylo) ソフトバンク等が提携・構想 △ 今後/要確認 国内カバレッジ・対応モジュール要確認
Direct-to-Cell au Starlink Direct(KDDI, 2025〜) ×(スマホ向け D2C) 据置センサ用途とは現状別物

技適・電波法・周波数利用権という面倒を、正規ルート(KDDI / SORACOM)が大きく肩代わりしてくれます(とはいえアンテナや組込形態・設置条件で認証・契約条件は変わり得るので、そこは案件ごとの確認になります)。つなぐ難しさより「契約ルートを知っているか」の問題だった——落とし穴は、技術よりも契約のほうにありました。

「実質この 2 つ」と書いたのは、独自衛星 IoT や閉域契約、今後の NTN まで含めれば選択肢はもっと広がるからです。ここでは「据置センサから、正規ルートで、いま検討しやすい」を基準に絞っています。

おまけ:衛星は「他人のインフラ」リスクが付く

安かった衛星 IoT の Swarm は、SpaceX に買収されたのち新規デバイスの販売を停止し、SpaceX の Direct to Cell/IoT 方面へ事業が移っていきました。Astrocast も 2024 年 8 月に上場廃止(Euronext Growth Oslo)し、資金調達に苦労した経緯があります(その後 VC から再調達し運用継続中)。衛星は便利だが、インフラの継続を他社の経営に握られる。ソフトウェアでいうベンダーロックインそのもので、マネージドサービスがある日終わるリスクと同じです。920MHz 自前なら、少なくともそこは自分で握れる。これは設計判断に効いてきます。

結:本当の天秤 — 無料なのは「電波」だけ

ここで「でも衛星は月額課金。特定小電力は無料。だから結局こっち」と着地したくなる。私もそう書きかけました。

でも、それは半分しか見ていない。

無料なのは「電波」だけです。特定小電力のホッピング網には、料金請求書に載らないコストがあります。

  • 中継ノードの機材(パネル・電池・筐体・架台)
  • 尾根への設置工事とアクセス路
  • 電池交換・点検という保守(=人が山に登る)
  • 冬に行けない期間の機会損失

これを足し込むと、ある条件で衛星のコストと交差します。つまり問題は「無料 vs 課金」ではなく、

「自前インフラの保守費」 vs 「衛星の通信料+端末費」

のトレードオフです。build vs buy で言えば、買う側の月額は見えているのに、作る側の運用費が見えにくいせいで、判断を誤りやすい。ここを数えます。

分かれ目を、ざっくり式にして比べてみる

ここから先は、通信が成立する候補どうしを年額コストだけで比べます。上空視界・遅延・データ量といった「そもそも届くか」は、コスト以前の成立条件として別に見ます(届かなければ、いくら安くても採用できません)。

コストの構造は、実はとても単純です。効くのはセンサ観測点の数 M と中継段数 N(≒距離・地形)の二つだけ。

  • 920MHz 自前網の年額 ≒ 中継 1 台の年額 × 段数 N + ゲートウェイ年額(ゲートウェイ年額=機材償却+下界へ送る LTE 回線費)
    中継網は最初に「尾根に置いて維持する」固定費がかかりますが、M 台のセンサが同じ中継ルートに相乗りできるなら、台数が増えても網の維持費は増えません(≒固定費型)。別々の山に散ると、その分だけ網も増えます。
  • 衛星の年額 ≒ センサ台数 M × 衛星 1 台の年額(端末償却+回線)
    中継網は要らない代わり、センサ 1 台ごとに端末と回線が確実に積み上がります(≒完全な変動費)。

つまり、自前は「距離・段数 N」で増え、衛星は「台数 M」で増える。両者が並ぶセンサ台数――損益分岐 MM^{*}――は、電卓で追える一本の式になります。

MM^{*} =(中継 1 台の年額 × N + ゲートウェイ年額)÷ 衛星 1 台の年額

M がこれを超えれば自前が安く、下回れば衛星が安い。仮に中継 1 台 3 万円/年(機材償却+電池交換+年 1 回点検の、ごく粗い合算)・ゲートウェイ 3 万円/年・衛星 1 台 3 万円/年(端末償却+回線)とすると、N=2 で MM^{*}≒3 台、N=3 で≒4 台。「数台より多いか少ないか」がまず最初の目安、というくらいの感覚です。

これを、よくある現場のパターンに当てて並べると、逆転がはっきり見えます(数字はすべて※仮。現場で上書き前提)。

現場のパターン 920MHz 自前網 衛星 安いのは
① 少数・遠い(センサ 1 台・中継 3 段) 約 12 万円/年
(中継網の維持費が重い)
約 3 万円/年 衛星
② そこそこ密集(センサ 20 台・中継 2 段) 約 9 万円/年
(網に全員で相乗り)
約 60 万円/年 自前の圧勝
③ 少数+保守難(センサ 2 台・中継 2 段・冬は登れず保守 2 倍) 約 15 万円/年
(登山・点検が跳ね上がる)
約 6 万円/年 衛星の圧勝

①と②を分けたのは台数 M、②と③を分けたのは保守費です。台数が少なく、保守が大変な山奥であるほど、衛星の「月額課金」のほうが安くつく。逆に、ノードが多くて点検に行きやすいなら、自前網の固定費を全員で割れて圧勝する。同じ「山の IoT」でも、ここまで答えが入れ替わります。

念のため、この数字は全部おもちゃです。形(どこで逆転するか)を見るための仮置きで、衛星側もかなり安く置いています。電池寿命・データ量・上空視界・許容遅延といった、年額に乗らないけれど現場では先に効く軸も入っていません。大事なのは正解の表ではなく、「中継 1 台の保守費」と「センサ台数」を変数として自分の台帳に載せること。そこさえ埋めれば、損益分岐 MM^{*} はすぐ動きます。

だから、分かれ目を決めるのは

  1. センサ台数 M と中継段数 N:M 大なら自前、M 小・N 大なら衛星。
  2. 保守アクセス性:その中継、何分で行ける? 冬は? ← これが C_relay を跳ね上げる。
  3. データ量:920MHz は衛星より大きい/高頻度に送れる。衛星は 1 通 160〜340B。
  4. 上空視界:森林・谷底で空が抜けるか。抜けないなら衛星は土俵にすら上がれない。
  5. 許容遅延:リアルタイム制御か、定期の吸い上げか。衛星は後者専用。

まとめ:これは「どっちが上」ではなく、設計判断の地図だ

  • ノードが多めで、保守に行きやすく、データ量・頻度が要るなら → 920MHz 自前+太陽光。多くの現場でこれが正解。
  • ノードが疎で、超遠隔で、送るのは数値だけ、上空が抜けているなら → 衛星(日本なら KDDI / SORACOM 経由)。
  • そして 2025 年以降、地上セルラーと衛星を兼ねる NB-IoT NTN の標準化・商用化が進み、「圏内/圏外」の二択そのものが溶け始めています(ただし国内の入手性・契約条件は案件ごとに要確認)。

「圏外だから衛星」でも「無料だから特定小電力」でもない。保守費という見えないコストと、センサ台数を台帳に載せた瞬間、答えは現場ごとに変わります。

派手な技術選定より、請求書に載らないコストを可視化すること。山に IoT を置く仕事は、たぶんそこが一番むずかしい。

みなさんの現場では、中継 1 台を点検する人件費はいくらでしょうか。センサは何台、どれくらい散らばっていますか。その数字を上の式に入れた瞬間に、答えはきっと動きます。

間違いや「ここはこう考えるともっと良い」があれば、ぜひ教えてください。読んでくださって、ありがとうございました。

この記事は Zenn に初出したものを加筆・補足したものです ── Zenn の元記事を見る