電話は意外と工数を食う ― AI に受電を任せたら安いのか、市販と自作を並べて確かめる

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電話が鳴るたびに、いったん手が止まります。出て、用件を聞いて、誰に回すか考えて、内容をメモして、折り返しの段取りをする。一本ずつは数分でも、積み上がると地味に効いてきます。電話は、思っているより人の工数を食う仕事です。

ここ最近、その電話を肩代わりする「電話に出る AI」のサービスが一気に増えました。代表電話の取次ぎ、予約受付、一次対応。気づけば、かけた先が AI だった、という経験をした人も多いと思います。

私も気になって、ふと立ち止まりました。これ、けっきょく何をしているんだろう。そして、市販を買うより自分で作ったほうが安いんだろうか。

気になったので、公開されている料金や仕組みを並べて確かめてみました。確かめたかったのは、次の三つです。

  1. AI 電話とは何なのか
  2. 市販サービスは、どういう仕組みで・いくらで売られているのか
  3. 市販を買うより、自分で作ったほうが安いのか

先に向きだけ言っておくと、「受電だけなら作れる。でも“安いか”は、どの市販サービスと比べるか(要件の重さ)と、自分の時間をいくらと見積もるかで逆転する」でした。その理由を、数字を積み上げながら見ていきます。価格やモデルの事情は動きが速いので、数字はいったん 2026 年 6 月時点の公開レンジで取り直しています(為替も円安が進んでいて、ここでは 1 ドル ≈ 160 円で換算しました)。

1. AI 電話とは何か

ざっくり言えば、電話の発着信を、人の代わりに AI が担うものです。大きく二方向あります。

  • 受電(インバウンド):かかってきた電話に AI が応じる。用件を聞き、よくある質問に答え、必要なら人に取り次ぎ、内容を記録する。
  • 発信(アウトバウンド):AI が電話をかける。リマインド、一次架電など。

このうち、作る難易度も導入のしやすさも、受電のほうが素直です。発信は「誰に・いつ・何回かけてよいか」という会話の外側の配慮が重く、受電は「かかってきたものに答える」だけに要件が閉じています。だから市販サービスも自作も、受電から入るのが定石になっています。この記事も受電に絞ります。

電話自動応答そのものは昔からあります(プッシュ番号で分岐する IVR など)。新しいのは、リアルタイムの音声処理と LLM が噛み合って、「機械くささの少ない対話」が現実的になったことです。

  • 音声をその場で文字に起こす(ストリーミング ASR)
  • 文脈を LLM で解釈し、応答を組み立てる
  • それを自然な音声で返す(ストリーミング TTS)

この三段を低遅延で回せるようになって、「番号を押してください」ではなく「ご用件をどうぞ」で成立するようになりました。人手が足りなくて電話番を置けない、という事情も追い風になっています。

2. 受電の「どこ」で工数が減るのか

冒頭の「電話は工数を食う」を、もう少し分解してみます。受電を人がやるとき、手が動いているのはだいたい次のところです。

flowchart TD
  A[着信] --> B[用件を聞く<br/>一次ヒアリング]
  B --> C{誰の・何の用件か<br/>振り分けの判断}
  C -->|よくある問い合わせ| D[一次回答<br/>その場で答える]
  C -->|担当が必要| E[担当者へ転送]
  C -->|時間外・手に余る| F[フォールバック<br/>折り返し / ボイスメール]
  D --> G[記録・要約<br/>=やりとりの可視化]
  E --> G
  F --> G

AI が肩代わりできるのは、この図の四か所です。

  • やり取りの自動化:用件のヒアリングと、よくある質問への一次回答。
  • 振り分け:誰の・何の用件かを判断して、適切な担当へ仕分ける(担当者の選別)。
  • 転送:その担当へつなぐ。時間外や手に余るときは、折り返しやボイスメールへ落とす。
  • 可視化:通話を文字起こし・要約してタグ付けし、記録に残す。

地味ですが、私がいちばん効くと思うのは最後の可視化です。「あの電話、結局なんの用だったっけ」が、全部テキストで残る。人がやると後回しにしがちな記録が、構造化されて自動でたまっていきます。受電 AI のいちばんの実利は、自動応答そのものより、このやりとりが見えるようになることかもしれません。

3. 市販サービスの正体

ここから先の料金は、各社の公開ページで確認できる一般的なレンジとして示します。特定サービスの優劣比較はしません(正確な額は動きが速いので、必ず各社の最新の料金ページで確認してください)。

市販の AI 電話は、おおむねこのあたりに分かれます。

  • 電話代行・取次ぎ系:代表電話の一次受け。用件を聞いて担当へ取り次ぐ/要約を通知する。小規模向けが多い。
  • IVR 置き換え系:従来の「番号を押す」自動応答を、自然言語で話せるようにしたもの。
  • コールセンター向けボイスボット:大量の入電をさばく。既存の CRM/CTI と繋ぎ込む、規模の大きい構成。
  • 業種特化:飲食の予約、医療の受付など、ドメインに寄せたもの。

課金は基本的に 初期費用+月額+従量 の組み合わせです。公開情報のレンジでいうと——

項目 公開レンジの目安
初期費用 0 円〜数十万円(シンプルな受電なら 0 円〜、システム設定費で 10 万円規模になることも)
月額 数千円〜(簡易な受電)。本格的な AI ボイスボットだと月 10 万円規模のプランもある
従量 1 分 10 円前後、または応答 1 件あたり数十〜200 円(課金の単位はサービスで分かれる)

数字を取り直していて気づいたのは、従量の課金単位がサービスで割れていることでした。分課金のところもあれば、応答 1 件いくら、というところもある。1〜2 分で終わる短い通話なら件課金のほうが割高に出やすく、件課金に一定の通話時間が含まれる設計なら、長い通話で逆転します。単純な「1 分いくら」だけで比べると足をすくわれます。

もう一つ大事なのは、この料金が「技術の原価」だけではないことです。中身を割ると、

  • 番号・通話・ASR・LLM・TTS といった従量の原価
  • それを止めずに回す運用・保守・監視、障害対応、SLA、サポート窓口
  • そして事業者の利益

が乗っています。バンドル型のサービスでは、海外の分単価分析によると、内部の ASR/TTS/LLM の原価に 15〜40% ほど上乗せされている、とされます。つまり月額と従量は、「自分で作れば消える部分」と「作っても消えない部分」が混ざった値段です。ここを分けて考えると、三つ目の問いに答えられます。

4. 自作したら作れるのか ― 中身と難所

三つ目の問い「自作は安いか」に答えるには、コストを積み上げる前に、そもそも何を自前で組んで運用することになるのかを見ておく必要があります。受電に絞れば、必要な部品は意外と少ないです。番号と着信を片付けて、音声を ASR に流し、LLM で応答を組み立て、TTS で返して、記録する。図にするとこうなります。

sequenceDiagram
  participant C as 発信者
  participant M as メディア橋渡し
  participant A as ストリーミングASR
  participant L as 対話制御(LLM+状態)
  participant S as ストリーミングTTS
  C->>M: 音声(8kHz)
  M->>A: 音声フレーム(逐次)
  A-->>L: 部分テキスト / 確定テキスト
  L-->>S: 応答テキスト(逐次)
  S-->>M: 合成音声(逐次)
  M->>C: 応答(音声)
  Note over A,L: 無音で「発話の終わり」を判定
  Note over S,M: 相手が話し出したらTTSを即停止(バージイン)

難所は、部品を繋ぐことより会話のリアルタイム性にあります。電話の会話特有の、地味で本質的な問題が三つあります。

  • 喋り終わりの判定(エンドポインティング):無音がしきい値を超えたら「発話の終わり」と見なします。これが速すぎると相手の言葉に被せ、遅すぎると会話がもっさりする。考え込む沈黙や、ゆっくりした間を「終わった」と誤判定して被せると、一気に機械っぽくなります。
  • 被せられたら黙る(バージイン):人なら、相手が話し出した瞬間に自分は黙ります。AI も同じで、TTS の再生中に相手の声を検知したら、再生を即座に止める。これが無いと、相手の声に自分の声をかぶせ続ける、いちばん残念なボイスボットになります。
  • 遅延予算:自然な会話のターン交代のギャップは だいたい 200 ミリ秒。300〜400ms を超えると不自然に感じられ始め、2 秒も空けば「壊れている」と受け取られます。

受電 1 ターンの遅延をざっくり積むと、こうなります。

おおよその遅延
エンドポインティング(発話終了の確定) 150〜300ms
ASR の確定(ストリーミングなので増分のみ) 100〜200ms
LLM の最初のトークンまで(TTFT) 300〜500ms
TTS の最初の音声フレームまで 100〜200ms
ネットワーク往復・ジッタバッファ 50〜150ms

相手が黙ってから最初の音声が返るまでを保守的に積むと、うまく回しても 700ms〜1.2 秒。これは「各段が出来た先から次へ流す」前提の数字で、段ごとに完了を待ったら軽く 2 秒を超えます。サブ秒は、全段ストリーミングでようやく届く水準だと思っておくとよさそうです。

もう一つ、見落とすと精度で泣くのが音声の素性です。私たちが普段スマホアプリやウェブ会議で扱う音声は 16kHz サンプリングの広帯域が標準で、最近の ASR モデルもだいたいそこに合わせて学習されています。ところが電話の音声は、その半分の 狭帯域・8kHz サンプリング(古典的な PSTN コーデック G.711 の μ-law / a-law、64kbps)です。サンプリング周波数が半分になると、表現できる音の上限周波数も半分に下がり、サ行や子音のような高い成分が削れます。ここが ASR の精度の不利になりやすいところです。16kHz の広帯域前提で鍛えたモデルをそのまま電話帯域に流用すると、思ったより誤認識が増えます(逆に、電話帯域で学習・適応させたモデルなら差は小さくなります)。だから ASR は「電話帯域(8kHz)で学習されたモデル」を選ぶことが効いてきます。数字・名前・住所のような外しやすい項目は、復唱で確認するか、最初からプッシュ番号(DTMF)に逃がす退路を用意しておくと事故が減ります。

作り方は大きく二系統あります。音声を一度テキストに落とすカスケード型(ASR → LLM → TTS)と、テキストを介さず音声から音声へ直接マッピングするスピーチ・トゥ・スピーチ型。後者は割り込みや相づちが自然で低遅延ですが、途中の状態が見えにくく、どこで間違えたか切り分けづらい。受電は「会社の代表として喋る」用途で、言ったことの説明責任と、後から検証できるログ(=さっきの可視化)が効きます。なので第一歩としてはカスケード型を基本に置くのが無難で、自然さで物足りなくなったら一部を S2S に寄せるハイブリッド、というのが現実的な落としどころに見えます。

骨組みを擬似コードで置くと、こんな形です。これは構造を示すための未実行のスケルトンで、実際に動かして確かめたものではありません。実装は選ぶ基盤に依存します。

# 受電1コールの骨組み(未実行のスケルトン・構造を示すためのもの)
async def handle_call(audio_in, audio_out):
    asr = StreamingASR(sample_rate=8000)   # 電話帯域に対応したものを選ぶ
    state = Conversation()                 # 軽いステートマシン
    speaking = False                       # bot発話中か(バージイン判定)

    async for frame in audio_in:           # RTPから届く音声フレーム
        if speaking and is_speech(frame):  # 相手が被せてきた
            await audio_out.cancel()       # TTSを即止めて聞く側に回る
            speaking = False

        asr.feed(frame)
        if asr.endpoint_reached():         # 無音で発話の区切り
            reply = await state.respond(asr.final_text())  # LLM + RAG + ツール
            speaking = True
            await audio_out.stream(tts(reply))             # 逐次合成して流す
            speaking = False

会社として喋る以上、ハルシネーションは事故です。社内の FAQ や料金表をその場で引き、裏が取れないことは「確認して折り返します」に寄せる。言い切らない勇気が、受電では品質になります。

5. で、いくらか ― 分単価を積み上げる

自分で組む場合の、1 通話 1 分あたりのざっくり原価です。為替は 160 円/$ で円も併記します。

部品 公開レンジ($/分) 円換算の目安
電話番号(基本料) $1〜3 / 月 約 160〜480 円/月(分単価ではない)
着信・通話 $0.01〜0.03 約 2〜5 円/分
ASR(音声→テキスト) $0.01〜0.02 約 2〜3 円/分
LLM(応答生成・トークン課金) $0.01〜0.04 約 2〜6 円/分
TTS(テキスト→音声) 文字/分課金。ニューラル音声は高め 数円/分〜

足すと、部品の素の原価でおよそ $0.05〜0.15/分(約 8〜24 円/分)。ただしこれは「隠れコスト前」で、リトライ・無音区間・取りこぼしの作り込みまで含めた現実的な all-in は $0.12〜0.30/分(約 19〜48 円/分) あたりに着地する、というのが公開された相場感です。比較対象として、マネージドの全部入りプラットフォームは $0.25〜0.50/分(約 40〜80 円/分)。自分で部品を組み合わせる「インフラ層」型は $0.05〜0.15/分から始まる、とされます。

帯にして並べると、こうなります。

AI 電話「受電」の分単価。自作の部品原価帯(8〜24円/分)と現実的 all-in(19〜48円/分)、市販の従量(10円前後)とマネージド全部入り(40〜80円/分)を公開レンジで比較

6. 正直な答え ― 「どの市販と比べるか」で逆転する

並べてみて、まず気づくのはここです。

  • 自作の部品の素の原価(8〜24 円/分)は、市販の安いプランの従量(1 分 10 円前後)と、分単価では大差ありません。むしろ市販が健闘しています。
  • ただし、リトライや無音の作り込みまで入れた自作の現実的な all-in(19〜48 円/分)は、その安い従量よりむしろ高い。だから「使うほど自作が安い」は、安い市販プランが相手なら成り立ちません。分単価だけなら、低価格の市販のほうが安いことすらあります。

しかも、自作には料金表に載らないコストが乗ります。

  • 開発の工数(最初に動かすまで)
  • 止めない運用・障害対応・夜間に電話が落ちたときの責任
  • 電話まわりの番号の扱いや法令
  • 8kHz での ASR 精度のチューニング、品質の作り込み

では、どこで自作が効くのか。鍵は、比べる相手が変わることでした。

  • 低 volume・単発・要件もシンプル → 市販の安いプランが確実に安い(運用込みで)。月数千円から、保守も監視も込みで動きます。ここで自作する理由は、ほぼ学習目的だけです。
  • 高 volume・継続・要件が特殊・自分で握りたい → このときの市販の相手は、もう月数千円の簡易プランではありません。本格的な AI ボイスボット(月 10 万円規模+件課金)や、マネージドの全部入り(40〜80 円/分)になります。その層と比べてはじめて、原価(19〜48 円/分)に近いコストで、月額固定をほぼ持たずに回せる自作の優位が出ます。振り分けや可視化のロジックを自前で詰められるのも、この規模ならではの利点です。

つまり効いてくるのは「月額固定が消える」こと単体ではなく、自分の要件がどの市販ティアに当たるかと、自分の工数をいくらと値付けするかの二つ。そしてどちらに転んでも本丸は、作ったものを止めずに運用し続けられるかです。技術的に作れるかより、夜間に電話が落ちたときに誰が責任を持つか。そこを引き受けられるなら、受電の自作は十分に現実的な選択肢になります。

おわりに

最初の「電話は工数を食う」に戻ります。鳴るたびに人を止めて、用件を聞いて、誰かに回して、記録する。この一連を、自動応答・振り分け・転送・記録(可視化)まで自分で握れたら、その工数は減らせるし、何より見えるようになります。分単価で見れば市販の安いプランと大差なく、差がつくのは自分の要件がどの市販ティアに当たるかと、自分の工数の値付けでした。

ただ、ここまでは机上の積み上げです。いちばん知りたいのは、実際に一度動かしたら、請求書はいくらになるのか、そして 4 章で触れた 8kHz の電話帯域で、ASR の精度はどれだけ落ちるのか。このあたりは、数字を読むより自分で測ったほうが早い気がしています。次は最小構成を一本だけ組んで、1 コール回した実額と、同じ音声を 16kHz(普段の広帯域)と、電話帯域を想定した 8kHz(できれば G.711 相当の劣化まで含めて)で流したときの認識精度の差を測ってみるつもりです。机上のレンジと、実測のズレ。そこがいちばん面白いはずなので。


数値は、国内各社の公開料金ページと、海外の分単価分析・遅延に関する技術記事を突き合わせた公開レンジです。特定サービスの宣伝や優劣比較が目的ではないので、ここでは個別の URL は載せていません。価格やモデルの事情は動きが速いので、導入判断に使うときは、各社・各 API の最新の公式ページで必ず取り直してください。

この記事は Zenn に初出したものを加筆・補足したものです ── Zenn の元記事を見る