モータの電流でベアリングの故障は見えるのか ―― 実損傷の公開データで振動と比べる
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前回の記事では、定番の CWRU データでベアリング故障の種別特定を試して、宿題が 2 つ残りました。ひとつは、あのキズが放電加工で入れた人工キズだったこと。もうひとつは、1 クラスに物理的な個体が 1 つしかないため、「学習に使っていない個体でテストする」ことが原理的にできなかったことです。
今回はその両方に答えられるデータで、予告していた電流を足します。
電流に期待する理由は単純で、設置が楽だからです。振動センサはベアリングの近くに貼る必要がありますが、モータの電流はインバータや配電盤の側で測れます。機械に触らずに故障の種別まで分かるなら、後付けの監視装置としてはかなり嬉しい。それが本当かどうかを確かめるのが今回の主題です。
実損傷で、しかも個体が複数あるデータセット
使ったのは Paderborn 大学の KAt Bearing DataCenter です。6203 という小径の玉ベアリング 32 個体について、モータ電流 2 相と振動を 64 kHz で同期収録してあります。内訳は健全 6 個体、人工損傷 12 個体、そして加速寿命試験で実際に壊した実損傷 14 個体(外輪 5・内輪 6・内外複合 3)。運転条件 4 種 × 各 20 測定 × 約 4 秒が、個体ごとの損傷カルテ(fact sheet)付きで公開されています。
今回は人工損傷を使いません。前回のデータで人工キズの高精度がどう作られるかを見たばかりなので、本編は実損傷 11 個体(複合を除く)と健全 6 個体の計 17 個体、運転条件は基準の 1 つ(1500 rpm・0.7 Nm・ラジアル荷重 1000 N)に絞ります。複合損傷の 3 個体は後で少しだけ登場します。
下調べの段階で分かった、このデータの性格を先に挙げておきます。
- 実損傷の中身は 2 系統あります。14 個体のうち、疲労によるピッチング(はく離の初期)が 11 個体、異物をかみ込んだ圧痕(塑性変形)が 3 個体。人工キズには存在しない区別です。
- 寿命試験にかけた 108 個のベアリングのうち、転動体(玉)の損傷は 1 件も出なかったと論文にあります。前回「エンベロープでは見えない」と苦労した転動体キズは、少なくともこの試験条件では実損傷の主役ではありませんでした。
- ベアリングのメーカーが 3 社混在していて、幾何がわずかに違うため欠陥周波数も 1〜2% ばらつきます。探索窓を少し広めに取る必要があります。
欠陥周波数と、軸 3 次のすぐ隣という罠
前回と同じく、キズの場所ごとの欠陥周波数は幾何から計算できます。6203(玉 8 個)では、軸回転を 1 とした次数で外輪 BPFO が 3.05 次、内輪 BPFI が 4.93 次。基準条件の軸 25 Hz なら 76.3 Hz と 123.4 Hz です。
ここに、このデータ固有の罠がありました。BPFO の 3.05 次は、軸回転のちょうど 3 次(75.0 Hz)と 1.3 Hz ほどしか離れていません。偏心やアンバランスがあると軸の整数次に線が立つので、メーカー差を見込んだ ±2.5% の探索窓は、軸 3 次の線を外輪のキズとして拾ってしまいます。実際、最初のスコア計算では、健全なはずの個体で軸 3 次を見事に拾っていました。ピーク探索から軸の整数次 ±0.7 Hz を除外して解決しています(少なくとも今回の 17 個体では、本物の BPFO の線は除外帯の外に残っていました)。
前回のサンプリング周波数の一件と同じ構図です。それらしい位置に立つ線ほど、別の説明を先に消しておく必要があります。ちなみに CWRU の 6205 は BPFO が 3.58 次なので、この取り違えは起きません。データセットが変わると、罠も入れ替わります。
同じベアリングを、振動と電流で並べて見る
まず 1 個体を両方のセンサで見比べます。外輪にピッチングのある KA16 と、正常な K001 です。
電流の見方は、結果を見る前に 3 つへ固定しました。見えるまで見方を増やしていくと、前回批判した「当てはめ」を今度は自分がやることになるためです。固定したのは、生のスペクトル、振幅復調、そして Park ベクトル長のスペクトル(EPVA と呼ばれる方法)です。振幅復調では、スイッチングノイズを 1 kHz の低域通過で落として、基本波の包絡の揺らぎを見ます。キズがトルク変動を介して電流の振幅を揺らす経路を想定した見方です。EPVA では、測ってある 2 相から残りの 1 相を補い(三相の和をゼロとみなします)、回転する電流ベクトルの長さを取り出して、その揺らぎを見ます。うまくいけば基本波が消えて、変調成分だけが残ります。

振動のエンベロープスペクトルでは、KA16 の BPFO 位置に 20 dB を超える線がはっきり立ちます。正常な K001 の包絡にも高い山はありますが、位置は 52.7 Hz とその整数倍で、どの欠陥周波数とも合いません(この系列の正体は特定できていません)。同じ個体の電流はどうかというと、生のスペクトルは全個体で、駆動の基本波である 100 Hz(極対数 4 のモータなので軸 25 Hz の 4 倍)が支配的で、欠陥周波数の直接の線は見えません。Park ベクトル長のスペクトルでようやく、BPFO 位置に 9 dB ほどの弱い線が確認できます。
17 個体を通して見ると、電流側(EPVA)に欠陥周波数らしい線が写ったのは外輪ピッチングの KA04(6.7 dB)と KA16(9.2 dB)の 2 個体だけでした。振動で最も明瞭だった 2 個体です。内輪の損傷は、電流ではどの個体も健全と区別がつきませんでした。
振動の基準線 ―― 幾何の計算は実損傷でも通用するか
次に、前回の型をそのまま実損傷に当てます。共振帯(1〜10 kHz)のエンベロープスペクトルで、計算した欠陥周波数の 1〜3 次にピークが立っているかを点数化し、スコアの高いほうを答えに採る argmax で外輪か内輪かを決めます。機械学習なし、しきい値なしです。

結果は実損傷 11 個体中 10 正解。ただし中身には濃淡があります。
ピッチング系: KA04 21.6dB / KA16 23.2dB / KI04 17.8dB / KI18 20.9dB = 明瞭
KI14 9.1dB / KI21 9.7dB / KI17 8.1dB / KA22 6.1dB = 弱いが正解
圧痕系 : KA30 9.5dB で正解 / KA15 5.0dB = 健全の床と同レベル
唯一の誤り : KI16 (内輪ピッチング・最大の損傷級 3) を外輪と誤判定
疲労ピッチングは、おおむね教科書どおりに見えました。加工キズでなく本物のはく離でも、幾何の計算どおりの位置に線が立ちます。対照的に、圧痕系は苦しい。KA15 のスコアは健全個体の床(4〜8.4 dB)と同じ水準で、argmax が当たったのは実質コイントスです。衝撃の繰り返しを拾うエンベロープ解析にとって、くぼみが残るだけの圧痕は苦手な相手のようです。いちばん引っかかったのは、唯一の誤りが最大損傷の KI16 だったことです。外輪 10.7 dB 対 内輪 9.4 dB の僅差で外輪側に倒れました。損傷が大きいほど見えやすい、とは限りませんでした。損傷が長く育つと衝撃が整ったパルス列から崩れて、決まった次数に集中しにくくなる、という説明が一般にはありますが、KI16 がそれに当たるのかは手元では確かめられていません。
共振帯の 1〜10 kHz は、最初の 1 個体(KI04)を眺めた段階で決めて、残りの 16 個体を見る前に固定した値です。全部の結果が出たあとで試しに 6 通りの帯域を掃引すると、0.5〜5 kHz では 11 個体全部が正解になります。ただ、11 個体の結果を見ながら帯域を選ぶのはそれ自体が当てはめなので、この数字は参考に留めます。
複合損傷の 3 個体も見ておきます。内外両方に損傷のある KB23 では、外輪 16.8 dB と内輪 15.1 dB の両方の線が立ちました。argmax は「どちらか一つ」を強要する仕組みなので、複合損傷では原理的に困ります。どちらの線が優勢かは、カルテに書かれた主損傷と 3 個体とも一致していました。
個体またぎの正直評価 ―― 振動 vs 電流 vs 融合
ここからが、前回はやりたくてもできなかった評価です。このデータは 1 クラスに個体が複数いるので、1 個体を丸ごとテストに出し、残り 16 個体で学習する leave-one-bearing-out が組めます。同じ個体の窓や測定が訓練とテストに割れることはありません。
特徴量は前回と同じ 3 系統(時間統計 4 個・物理特徴・16 帯域のエネルギー)を振動と電流それぞれの 1 秒窓から取り、分類器も同じロジスティック回帰です。物理特徴は振動が欠陥次数スコア 3 個、電流は振幅復調と EPVA のそれぞれで 3 個ずつの計 6 個と、電流側にむしろ多めに持たせています。健全・外輪・内輪の 3 クラス、計 1,355 窓。比較のため、窓を個体と無関係に混ぜるランダム分割も並べます。
| センサ × 特徴 | ランダム分割 | 個体またぎ | 個体単位の多数決 |
|---|---|---|---|
| 振動 × 物理特徴 | 72.6% | 62.1% | 13/17 |
| 融合 × 物理特徴 | 72.5% | 62.4% | 14/17 |
| 振動 × 帯域エネルギー | 93.0% | 51.5% | 9/17 |
| 融合 × 帯域エネルギー | 98.3% | 45.2% | 8/17 |
| 電流 × 帯域エネルギー | 70.4% | 32.1% | 5/17 |
| 電流 × 物理特徴 | 43.0% | 21.0% | 2/17 |
時間統計 4 個の系統は、振幅の大きさまわりの量が個体ごとのレベル差をそのまま拾ってしまうようで、どの組み合わせでも物理特徴に届かなかったため表から省いています(数字は記事末尾に置きました)。

図は代表 4 通りの抜粋です。
この表で見たいのは、精度の順位よりも落ち方です。
ランダム分割の数字は、実損傷でも当てになりませんでした。振動と電流を全部足した帯域エネルギー特徴は 98.3% を出しますが、未知の個体が来ると 45.2% まで落ちます。前回 CWRU で見た構図が、本物の損傷でもそのまま再現しました。
いちばん崩れにくかったのは物理特徴です。振動単独で 62.1%、個体単位の多数決なら 17 個体中 13。数字そのものは地味ですが、成績の悪い個体は KA22・KA15・KI17・KA30 の順で、圧痕系かスコアの弱かった個体に寄っています。エンベロープで見えにくいと確認した場所とおおむね一致し、どこで外すかに説明がつく、という前回と同じ性質です。
問題は電流です。この素朴な構成では、個体をまたぐと使えませんでした。単独では最高でも 32.1% と、3 クラスのあてずっぽう水準です。融合も、少なくともこの組み合わせでは効きませんでした。物理特徴では振動単独とほぼ同じ数字(62.1% に対し 62.4%)にとどまり、帯域エネルギーではむしろ振動単独より下がりました。電流の特徴が運んでくるのは故障の情報ではなく個体ごとの固有パターンで、それが未知個体では雑音として働くようです。故障が電流に作る側帯波はもともと基本波より桁違いに小さいので、16 分割の粗い帯域エネルギーでは、基本波まわりの個体差に埋もれてしまうのだと思います。
公平のために書いておくと、このデータセットの元論文は、ウェーブレット系の特徴抽出と特徴選択、複数アルゴリズムの合議まで積み上げた構成で、個体を分けた評価でも電流のみ 93.3% を報告しています。電流に情報が皆無というわけではありません。振動なら素朴な構成でも拾える情報が、電流では重装備でないと拾えない、というのが正確な言い方だと思います。
センサを足す前に分かったこと
期待とは逆の結果でした。設置が楽だからと電流に期待して始めましたが、少なくとも「同期収録した電流を素朴な特徴で足す」やり方では、故障種別の特定は少しも改善しませんでした。効いたのは新しいセンサではなく、前回から持ち越した 2 つの教訓のほうでした。物理に根ざした特徴を使うこと。そして、個体をまたいで評価すること。
作りたい装置の設計に持ち帰ると、線引きはこうなります。故障種別の特定をやるなら、振動センサと物理特徴が基準線。電流は、この用途に安易に流用せず、別の役割(負荷や回転の異常検出など)を検討するか、種別特定に使うなら論文級の特徴抽出を覚悟する。センサを増やす前に、いま持っているセンサの情報を正直な評価で使い切るほうが先でした。
省いていること
- 運転条件は基準の 1 つに固定しました。回転数や負荷が変わったときの頑健性は見ていません(このデータには条件違いの収録もあるので、確かめられる宿題です)。
- 元論文の手法(ウェーブレット特徴+合議)の再現はしていません。素朴な構成との 60 ポイント差がどこから来るのかは、それ自体が面白い宿題です。
- 個体またぎ評価の表からは時間統計 4 個の系統を省きました。振動 30.5%・電流 17.6%・融合 44.5% で、どれも表の物理特徴には届いていません。
- 電流の見方は事前に固定した 3 つだけです。回転数の推定を介した解析や、インバータの制御情報との併用は試していません。
- 温度・トルク・ラジアル荷重の補助チャネルは使っていません。
- 健全個体の包絡に見える 52.7 Hz 系列の正体は追っていません。欠陥周波数とも軸の整数次とも合わないので判定への影響はありませんが、試験装置側の何かだろう、以上のことは言えていません。
- 1 秒窓の物理特徴は周波数分解能が 1 Hz しかなく、軸 3 次(75.0 Hz)と BPFO(76.3 Hz)の分離は軸ビンの除外ガード頼みです。窓のスペクトル漏れまでは防げないので、この分離は完全ではありません。窓を長くすれば分解能は上がりますが、今回は前回と条件をそろえて 1 秒窓のままにしています。
- 規模は 17 個体・1,355 窓です。数字は傾向を見るための目安で、細かい差を論じられる規模ではありません。
おわりに
いつもと違うと気づく検出、どこが壊れたかを言う特定、そして何で測るかのセンサ選び。マハラノビス距離で検出を試した回から 3 本かけて、手元の答えはシンプルになりました。振動の物理特徴を、個体をまたぐ評価で使う。それが、いま公開データから言える範囲での基準線です。電流への期待は、この構成では裏切られましたが、どこまでやれば見えるのかという宿題の輪郭はだいぶはっきりしました。
ダウンロードスクリプト(個体台帳つき)と、診断・観察・評価のコードは、そのまま動く形で公開しています。
- リポジトリ: logicia32/bearing-fusion-lab
- データ出典: Paderborn University, KAt Bearing DataCenter(Chair of Design and Drive Technology, Paderborn University・CC BY-NC 4.0)
- 参考文献: C. Lessmeier, J. K. Kimotho, D. Zimmer and W. Sextro, "Condition Monitoring of Bearing Damage in Electromechanical Drive Systems by Using Motor Current Signals of Electric Motors: A Benchmark Data Set for Data-Driven Classification," European Conference of the Prognostics and Health Management Society, 2016.
- 前回: ベアリング診断の「精度 99%」はどこから来るのか ―― 定番データセットで確かめる
この記事は Zenn に初出したものを加筆・補足したものです ── Zenn の元記事を見る