ロボットの減速機をひも解く(4/4) ―― 警報の線は、どこに引けるのか

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前回、測る前の予測を公開データに当てて、モデルは位置に強く、大きさに弱いと分かりました。最終回は残った問いです。劣化が進んでいくとき、警報の線はどこに引けるのか。

使うのは、XJTU-SY 軸受加速寿命試験データ(西安交通大学)です。条件1、回転35Hz(毎分2100回転)、ラジアル荷重12kNで回した5本の軸受を、破壊まで追いかけます。

見る特徴量は、振動の大きさではなく、幾何だけから予測した外輪傷の次数、3.083次の帯のエネルギーです。第1回で作った探索の地図を、そのまま壊れていく部品に向けただけです。

同じ条件でも、同じようには壊れない

まず個体差から。5本の寿命は、短い順に52分、122分、123分、158分、161分。3.1倍のばらつきです。新品時の特徴量は、小さい順に0.0177、0.0186、0.0243、0.0410、0.0512で、こちらも2.9倍ばらつきます(並び順は寿命の順とは対応していません)。破壊に至るときの成長は、それぞれのベースラインの8.4倍から35.9倍。

同じ試験機、同じ取付、同じ荷重、同じ回転数です。それでも、これだけばらつきます。

300本の水平線を、引いてみた

データが取る値の全域に300本の候補水準を引き、それぞれについて、5本すべてで、寿命の25%より前には鳴らず、90%より前には鳴るか、を判定しました。

成立した水準は0本です。連続何回で警報とするかといった感度の設定を24通り変えても、すべて0本でした。

理由は、次の一点です。5本のうちの1本は、新品の時点で0.0512を示します。別の1本は、寿命122分のうち破壊直前の1分に入るまで、一度もそこに到達しません。つまり1本の水平線が、ある個体には低すぎ、別の個体には高すぎになります。絶対閾値が引けないのは、閾値の選び方の問題ではありません。原理的に引けません。

自分の初期値で割ると、線が現れる

各軸受を、自分自身の初期値、寿命の最初の10%の中央値で割り直します。すると成立する水準が10本現れました。ベースラインの1.51倍から1.79倍のあいだです。5本すべてが寿命の28%から79%で捕まり、誤報はありません。

絶対閾値の代わりに書けるのは、こういうことです。稼働の初期にベースラインを取る。以後は、同一の動作を繰り返したときの、そのベースラインからの相対変化を見る。

ロボットは、この点でも恵まれています。同じ動作を繰り返す機械だからです。毎日同じ動作をするなら、毎日同じ条件で比較できます。工作機械や風車には無い利点で、第2回で数えた得手不得手の、得意の側がここで効きます。

5本の軸受を破壊まで追った特徴量トレンドと閾値の成立範囲
同一条件で回した5本の軸受を破壊まで追った記録。左は絶対値と経過時間で、候補の閾値300本はすべて、まだ健全な個体で誤報を出すか、寿命の9割を過ぎても鳴らないかのどちらかになります。右は各軸受を自分自身の初期ベースラインで割り、時間軸をその軸受自身の寿命比で表したもの。ここでは成立する閾値が10本現れます。下の帯は、その閾値が各軸受の寿命のどこで鳴ったか。特徴量は幾何だけから予測した外輪傷の次数3.083の帯のエネルギーです。

このデータセットには、ライセンスの明記がありません。生データは再配布せず、図はすべて自作の計算で描いています。出典は記事末に置きました。

ただし、揃うのは出発点だけ

ベースラインで割っても、立ち上がりの形までは揃いません。

寿命比を揃えたときの散らばり 正規化後
全体 0.96桁 0.90桁(1.06倍しか縮まない)
初期に限る 0.50桁 0.19桁(2.6倍縮む)
後期に限る 1.29桁 1.29桁(まったく変わらない)

縮むのは出発点だけです。それでも閾値が引けるようになるのは、どの個体も同じ高さから始まるようにできれば1本の線が引けるからであって、進み方まで揃うからではありません。

だからこの方法で言えるのは、ベースラインから離れ始めた、までです。あと何時間もつかは、ここからは出てきません。連載の最初に約束した、余寿命予測はできない、の根拠がこれです。

トレンドを持たない個体がある

もうひとつあります。先ほどの寿命122分の軸受は、121分を平坦なまま推移し、最後の1分で一気に跳ねました。

この1本を除けば、絶対閾値も56本成立してしまいます。つまり300本中0本という強い結論は、この1本が支えています。それでも私は、この1本を外さないほうが実際に近いと思っています。現場では、都合の悪い個体を選んで外すことができないからです。そして、トレンドを持たない部品を、トレンド監視は捕まえられません。これは手法の限界であって、パラメータの調整で消えるものではありません。

ここから先は、実機が要る

締める前に、この連載の境界を書いておきます。

第一に、使った公開データは試験台の平歯車と転がり軸受であって、ロボットの減速機ではありません。落差を並べます。

落差 何が変わるか
姿勢で負荷が変わる 腕を伸ばした姿勢と畳んだ姿勢では、同じ動作でも関節トルクが数倍違う
動作ごとに速度が変わる 定速運転が前提のデータとは、信号の性質がそもそも違う
温度が動く グリースの粘度が変わり、効率も剛性も動く。朝と昼で違う機械になる
出力側にセンサが無い 第2回で見た壁
機構が違う 波動歯車と偏心揺動形は、平歯車の縦続とは構造が違う。次数の計算方法は同じでも、値も、どの成分が支配的かも違う

第二に、ロボットの減速機そのものの公開データは、私が探した範囲では見つかりませんでした。研究は活発です。6軸ロボット実機の第3軸の波動歯車減速機に故障を模擬して電流を収録した研究、偏心揺動形の正常・故障・加速劣化の3状態を電流で比較した研究、全寿命の稼働中信号を集めて余寿命を予測した研究。論文としては読めます。ただ、ダウンロードできるデータセットが無いのです。

つまり、ロボットの減速機だけ、データが公開されていない。私がこの連載をモデルから始めたのは、そこが理由です。データが手に入らない領域でこそ、構造から次数を計算しておくことに意味があります。測る前に何を探すべきかを決めておけるのは、モデルだけだからです。

第三に、できることの三段を最後にもう一度置いておきます。

できるか
異常検知(今おかしいか) できる
切り分け(どの要素が原因か) できる。モデルが効くのはここ。ただし振動なら。電流で切り分けられるのはトルク経路に乗る異常(歯車側)まで
余寿命予測(あと何時間か) できない。ベースライン比でも揃うのは出発点だけで、進み方は揃わない

余寿命については、同一機種の破壊までのデータが公開されていないという事情もあります。そして繰り返しになりますが、実際の交換判断では、取扱説明書とメーカーの保全指示が優先です。この連載が出せるのは、点検のタイミングを議論するための材料であって、判断そのものではありません。

三つの照合が、モデルの輪郭を描いた

実データに当てた結果を並べます。

照合 事前の予測 データの答え
歯車(第3回) 32次・19.20次にピーク、損傷で側帯波が育つ 位置は当たり、大きさの序列は外れた
電流(第3回) 軸受の外輪傷が電流に出る 出なかった。トルクを乱さない異常は電流に届かない
劣化(今回) 絶対閾値は引けず、ベースライン比なら引ける 当たった。300本中0本、正規化後は10本

三つとも、外れ方に一貫性があります。位置は幾何が決めるので当たり、大きさは伝達経路や荷重や取付、そして個体差といった、モデルの外にあるものが決めるので、当たりません。

そして電流の照合は、それに加えて新しい境界を一本引きました。電流で見えるのは、トルク経路に乗っている異常だけ。これは実データに当たるまで書けなかった行です。モデルの側からは、制御器は外乱をトルク指令へ押し出す、までしか出てきません。押し出せない種類の外乱がある、は、測ってはじめて分かったことでした。

減速機は、数えられる構造でできている

減速機は、モータの回転をトルクに変える部品として説明されることが多い、と第1回に書きました。それは正しいのですが、i でしか効きません。i²で効いているのは慣性の側で、制御できる機械を成立させているのは、そちらでした。

その減速機の中身は、波動発生器の楕円、歯の枚数、ピンの本数、転動体の個数と、数えられる構造でできています。数えられるということは、次数が計算できるということで、計算できるということは、測る前に探す場所が決まるということです。

公開データで確かめられるのは、ここまでです。ロボットの減速機そのもののデータはありません。温度も姿勢も速度も動く実機の上で、この探索の地図がどこまで通用するかは、実機でしか分かりません。

それでも、言えることがひとつ残ります。予知保全ができる、とまでは言えません。言えるのは、その設計と検証が、実機の故障を待たずにできる、ということです。控えめに見えますが、壊れるのを待つよりは、ずっと早いのです。

この連載に出てきた数値は、歯数やピン数や直径比といった入力の表から、すべて計算で出したものです。次数を直書きしていないことは、31本の検算が担保しています。

使用した公開データセット

  • Wang, B., Lei, Y., Li, N., Li, N. "A Hybrid Prognostics Approach for Estimating Remaining Useful Life of Rolling Element Bearings". IEEE Transactions on Reliability, 69(1), pp. 401-412 (2020). DOI: 10.1109/TR.2018.2882682(XJTU-SY 軸受加速寿命試験データセット。西安交通大学 Institute of Design Science and Basic Component 提供。ライセンスの明記が無いため、生データは再配布せず、図はすべて自作の計算によります)

配布物の図の転載はしていません。

コード

この連載の図と数値は、すべて次のリポジトリから生成しています。

https://github.com/logicia32/reducer-health-labhttps://github.com/logicia32/reducer-health-lab

この記事は Zenn に初出したものを加筆・補足したものです ── Zenn の元記事を見る