チップビーズは、ノイズを熱にして捨てる — EMI 対策部品の羅針盤 (2) チップビーズ編
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はじめに
EMI 対策部品の羅針盤、第 2 本はチップビーズ(フェライトビーズ)です。
- 第 1 本: 「0.1μF」はいつまでコンデンサか(コンデンサ編)
- 第 2 本(この記事): チップビーズ編
- 第 3 本: 選定フロー編(場面別の選定フローと、買う前に検証する無償ツール)
ビーズは、コンデンサ以上に「よく分からないまま使われている」部品だと思います。先輩は「ノイズ対策にビーズ入れといた」と言う。型番表を開くと、同じシリーズだけで何十種類も並んでいる。「100Ω@100MHz」とか「600Ω@100MHz」とか書いてあるけれど、それが何を意味するのか、自分の回路にはどれを選べばいいのか、はっきり教えてくれる資料が見つからない。
私も長いあいだ「インダクタの小さいやつ」くらいの理解で使っていました。でも、ビーズの正体は、単なるインダクタではありません。低い周波数では確かにインダクタですが、本領は別のところにあります。インダクタも周波数が上がれば |Z|(=ωL)は大きくなりますが、中身は「溜めて返す」リアクタンス(X)のままです。一方ビーズは、高域になると抵抗成分(R)が立ち上がり、ノイズを熱に変えて捨てます。いわば「周波数で目覚める抵抗」。目覚めるのはインピーダンスの大きさではなく、その中の R です。この一点が分かると、データシートの Z/R/X グラフの意味も、型番の選び方も、芋づる式に見えてきます。
この記事で持ち帰れるもの:
- ビーズとインダクタの違い(捨てる と せき止める の違い)
- データシートの Z / R / X の 3 本線グラフの読み方
- 「100Ω@100MHz」の本当の意味と、その 1 点だけで選んではいけない理由
- たくさんの型番から どれを選べばいいのか、の手順
- そして恒例の落とし穴 — 「とりあえずビーズ」が逆効果になる瞬間
進め方は第 1 本と同じです。グラフは等価回路モデルから Python で全部自作、むずかしいグラフはシンプルなグラフに置き換えながらいきます(スコープも前回宣言したとおり、ディファレンシャルモードの話です)。
結論を先に: ビーズは「周波数で目覚める抵抗」
部品としてのビーズは、フェライトという磁性材料にただ導線を通しただけの、構造としてはインダクタそっくりのものです。実際、低い周波数ではインダクタとして振る舞います。
違いは材料の使い方にあります。インダクタは、磁場にエネルギーを溜めて、返す部品です。コアの損失はむしろ悪であり、できるだけ損失の少ない材料と周波数帯で使います。ビーズは逆で、フェライトの磁気損失が大きくなる周波数帯をわざと使う部品です。ノイズ電流が作る磁場のエネルギーが、主にフェライトの磁気損失として熱に変わり、消えていきます(細かく言えば導体や電極の損失も少し混じりますが、主役は磁気損失です)。
つまり EMI 対策部品の三役は、こう整理できます。

- コンデンサ: ノイズを GND など別の道へ逃がす。エネルギーは回路のどこかに残る
- インダクタ: ノイズをせき止めて返す。エネルギーはやはり残る
- ビーズ: ノイズを熱にして捨てる。エネルギーが消える(厳密には熱になる)
「捨てる」が効くのは、行き場の問題です。逃がしたり返したりしたノイズは消えていないので、配線のインダクタンスとどこかのコンデンサで共振して、別の周波数・別の場所で顔を出すことがあります。熱にしてしまえば、戻ってきません。
ここで自然な疑問が湧きます。「ノイズを熱にして、部品は熱くならないの?」— ふつうのノイズ電流なら μW オーダーなので、発熱はほとんど気にしなくて大丈夫です。ビーズの発熱でまず見るのは、ノイズではなく直流電流が DCR(直流抵抗)で起こす発熱のほう(発熱は電流の 2 乗で効くので I²×DCR。これはあとで出てきます)。例外は、スイッチング電源のスイッチングノードのように大きな高周波電流が直接流れる場所だけ。ここにビーズを入れると、その高周波電流による I²×R の発熱で本当に焼損するので、「ノイズを捨てる」場所と「大電流が流れる」場所は分けて考えます。
データシートの主役: Z / R / X の 3 本線
第 1 本のコンデンサは |Z| の 1 本線でしたが、ビーズのきちんとしたデータシートには Z・R・X の 3 本線が描いてあります(選定表では「100Ω@100MHz」のような Z の 1 点だけのこともありますが、選ぶときはこの 3 本で見ます)。これがビーズの履歴書です。
Z = ビーズ全体のインピーダンス(通りにくさの合計)
R = そのうち「熱にして捨てる」成分(抵抗分)
X = そのうち「溜めて返す」成分(リアクタンス分)
モデル(典型的な 100Ω@100MHz クラスを想定した等価回路)で描くと、こうなります。

読み方は 3 つの領域に分けると分かりやすいです。
- 低周波側(X > R): ただの小さなインダクタです。ノイズをせき止めはしますが、捨ててはいません。返されたノイズはどこかへ行きます
- R と X の交差点から上(R > X): ここがビーズの本領です。ノイズのエネルギーが熱に変わります。この交差点の周波数を、この連作では「目覚めの周波数」と呼ぶことにします(データシートでは R/X クロスオーバーなどと書かれます)
- さらに高周波(Z が下降): 巻線や電極の寄生容量がノイズを素通しし始めて、効き目が落ちていきます
今回のモデルでは、目覚めの周波数は約 51 MHz でした。ビーズを選ぶときに最初に見るべきは「100Ω」の数字ではなく、対策したい周波数で R が X より上にいるかです。
「100Ω@100MHz」の本当の意味
型番表の「100Ω@100MHz」は、「100MHz における Z(R と X の合成)が 100Ω」という意味です。それだけです。業界の慣習で 100MHz を代表点にしているにすぎず、実際に困っているノイズが 100MHz 付近にいるとは限りません。
しかも、同じ「100Ω@100MHz」でも中身が違うことがあります。

R 寄りのビーズはその帯域でノイズを捨てます。X 寄りのビーズは、数字の上では同じ 100Ω でも、捨てるより「せき止めて返す」性格が強い。反射されたノイズがどこかで共振すれば、抑えたつもりが別の周波数で暴れる、ということも起きます。Z の 1 点で選ばず、3 本線をそろえて見る — ビーズ選定の第一歩です。
ちなみに「100Ω」とあっても、直流の 100Ω 抵抗とは別物です。ノイズ電圧の大きさを V ≒ I × |Z| でざっくり見るぶんには直流と同じ感覚で構いませんが、実際に熱として消費するのは 100Ω のうち R の分だけ。ここでも「Z 全体ではなく R を見る」が効いてきます。
何 Ω を選べばいいのか — 相手は回路のインピーダンス
では「対策したい周波数で R 支配」のビーズのうち、何 Ω 品を選べばいいのか。ここでも第 1 本と同じ考え方が使えます。効き目は、ビーズと回路側インピーダンスの比で決まります。
ビーズはラインに直列に入るので、ざっくりこういう分圧の式になります。
挿入損失[dB] ≒ 20 × log10( 1 + Zビーズ / Rsys )
Rsys は「ビーズから見た回路側のインピーダンスの合計(信号源側 + 負荷側)」です。第 1 本のコンデンサ(並列に入れる部品)とは式の上下が逆になっていることに注目してください。ここでは式をきっちり導くより、「効き目はビーズと回路側の比で決まる」という一点だけ持って帰れれば十分です。
これが面白い結果を生みます。同じ 100Ω のビーズを入れたときの効き目は:
- 50Ω 測定系(信号源 50Ω + 負荷 50Ω なので Rsys = 100Ω): 20log10(2) = たった 6dB
- 低インピーダンスの電源ライン(Rsys = 2Ω の例): 20log10(51) = 約 34dB

第 1 本で「シャントのコンデンサは低インピーダンスの電源ラインだと dB がしぼむ」と書きました。直列のビーズはその逆で、相手が低インピーダンスなほど効きます。 電源ラインのノイズ対策に「ビーズ + コンデンサ」のセットが定番なのは、お互いの苦手を補い合う組み合わせだから、と言えます。
選定の目安もこの式から逆算できます。「ノイズ電圧を 1/10(20dB)にしたい、回路側はだいたい Rsys」なら、必要なのは Zビーズ ≒ 9 × Rsys。50Ω 系の信号ラインで 20dB 取りたければ 900Ω 級が要る、という見積もりになります(だから信号ライン用には 600Ω や 1kΩ@100MHz の品種が並んでいるわけです)。
型番の海の歩き方 — 選定 4 ステップ
カタログに何十種類も並ぶ理由は、実は軸が少ししかありません。インピーダンスの値(何 Ω 級か)× 目覚めの周波数 × 定格電流・DCR × サイズ。これを順に決めれば、候補は数個まで絞れます。
- ノイズの周波数を見積もる: スイッチング電源の基本波と高調波、クロックの高調波、無線で問題になる帯域、など。デジタル信号なら、立ち上がり時間 tr から
0.35/trあたりに主なエッジ成分の帯域があります(帯域を見積もるときによく使われる経験則です。それより上にも高調波は続きます) - その周波数で「R 支配 かつ 必要な Z」の品種を選ぶ: 必要な Z はさっきの分圧式から。Z–周波数グラフと R/X 交差点をデータシートで確認
- 流す電流で絞る: 電源ラインなら定格電流と DCR(電圧降下と発熱)。そして次の節の直流重畳を必ず見る
- 信号ラインなら「信号がなまらないか」を確認する: ビーズは周波数で効く部品なので、同じ周波数にある信号成分とノイズ成分を区別できません。信号の帯域でビーズの Z が十分低いこと

4 番は地味に重要で、高速信号にうかつに大きなビーズを入れると、ノイズより先に信号が犠牲になります。「ノイズの周波数」と「信号の周波数」が離れているほど、ビーズは仕事がしやすい部品です。
ちなみに、この「ビーズ + C(負荷の入力容量や配線の浮遊容量)」は、見る周波数で表情が変わります。エッジのような高い帯域ではビーズが R として働き、その C と RC ローパスを作って素直になまります。理想インダクタなら波形がリンギング(行き過ぎ)するところを、R がうまくダンピングしているわけです。逆に目覚めより下の低い帯域では、ビーズはまだ L なので、C と組むと共振する側に回ります。
カタログの Z は「電流ゼロのとき」— 直流重畳特性
電源ラインでビーズを使うとき、見落とすと効き目が消える特性があります。直流重畳(DC バイアス)特性です。
ビーズに直流電流を流すと、フェライトが磁気的に飽和へ近づいて、インピーダンスが下がります。カタログの「100Ω@100MHz」は電流をほとんど流していないときの値で、品種によっては定格に近い電流で半分以下しか出ていないことも珍しくありません。

データシートに「DC バイアス特性」のグラフがあれば、実際に流す電流のところで何 Ω 残っているかを見てみます。先ほどの選定ステップ 3 で「定格電流に余裕を持たせる」のは、壊れないためだけでなく、効き目を残すためでもあります。
落とし穴: 「とりあえずビーズ」が逆効果になる瞬間
さて、恒例の落とし穴です。第 1 本ではコンデンサ同士の並列反共振でしたが、ビーズには ビーズ + コンデンサの共振ピーク があります。電源ラインの定番セットそのものに落とし穴がある、という話です。
ここでビーズの性質をもう一度振り返ります。ビーズは目覚めの周波数より下ではただのインダクタでしたね。その下流に低 ESR の MLCC(積層セラミックコンデンサ)がぶら下がっていると、L と C の直列共振回路ができます。共振周波数では、電源の揺れがかえって増幅されます。

今回のモデル(ビーズの低周波インダクタンス 0.35 μH・DCR 0.05Ω + 低 ESR の MLCC 10μF、ESR 約 5mΩ。直列損失の合計は約 55mΩ)では、約 85 kHz に +10.7 dB のピークが立ちました。+10.7 dB はゼロより上、つまり「入れる前より悪い」帯域ができたということです。スイッチング電源のリップルやその高調波がここに重なると、「ビーズを入れたらノイズが増えた」という、嘘のような本当の現象になります。
このピークの高さは、この単純モデルでは主に MLCC の ESR とビーズの DCR で決まり、低 ESR ほど高く尖ります(実回路では電源側・負荷側のインピーダンスもダンピングに効きます)。逆に言えば、この「低 ESR ほど尖る」という性質が、次の対策のヒントになります。
対策の方向は 2 つです。
- 共振をダンピングする(こちらが本命): この共振ピークは数十〜百数十 kHz と低い周波数に立ち、ふつうの 100Ω@100MHz クラスのビーズはそこではまだ R 支配になっていません。だからピークを抑える主役はダンピング。適度な ESR のコンデンサ(電解など)を並列に足すか、コンデンサに抵抗を直列にした「ダンピング用の枝」を加えます(電源ライン本体に直列抵抗を入れると直流電圧が降下して発熱するので、そこではありません)。第 1 本の「電解コンの ESR が実はダンパの仕事をしている」と同じ構図です
- そもそも共振帯域に効く構成にする: 抑えたいノイズがビーズの R 支配帯域(もっと高い周波数)にいるなら、その帯域ではビーズの R が減衰させてくれます。DCR が大きめ(損失の多い)品種は、低い共振のダンパとしても多少働きます

「とりあえずビーズ」の何が危ないかというと、効かないことではありません。どの周波数を抑えたいか決めずに入れると、この共振ピークの置き場所を運に任せることになることです。
この記事のモデルと、実部品のギャップ
- ビーズの等価回路は教科書的な簡易モデル(直流抵抗 + インダクタと損失抵抗の並列 + 寄生容量)です。実部品の R/X カーブはフェライト材料の周波数特性そのもので、もっと複雑な形をしています。実設計はメーカー提供の実測データで確認してください(第 3 本で扱います)
- 直流重畳のカーブは「こういう形で沈む」というイメージ図で、実部品の飽和特性とは合わせていません
- 温度特性は扱っていません。フェライトはキュリー温度に近づくと特性が大きく変わります
- 挿入損失の式は第 1 本と同じく、大きさだけの近似です(位相まで入れた厳密計算は図の数値に使っています)。この近似はビーズ本来の使われ方である R 支配の帯域では厳密式とほぼ一致しますが、低周波のインダクタ(X 支配)帯域では Z を実抵抗のように足すぶん、減衰量を数 dB ほど過大に見積もります(例: Rsys=100Ω・X=100Ω で近似 6dB に対し厳密 3dB)
第 2 本のまとめ — ビーズの羅針盤
- ビーズは「周波数で目覚める抵抗」。 目覚めの周波数(R > X になる点)より上で、ノイズを熱にして捨てる
- 「100Ω@100MHz」の 1 点で選ばない。 対策したい周波数で R が X より上か、Z/R/X の 3 本線で確かめる
- 必要な Z は回路側インピーダンスとの比で見積もる。 直列部品なので、相手が低インピーダンスなほど効く(コンデンサと逆)
- 電源ラインでは直流重畳と LC 共振ピークを確認。 カタログ値は電流ゼロのとき。ビーズ + 低 ESR MLCC は共振ピークの位置を見てから
おまけ: 自分で Z/R/X を描いてみたい方へ
伴走ツール emi-compass に bead サブコマンドを追加しました。読まなくても本文は追えますが、モデルの数字を変えて遊べます。
pip install -U git+https://github.com/logicia32/emi-compass
emi-compass bead # 典型モデルの Z/R/X と目覚めの周波数
emi-compass bead --filter-c 10u # ビーズ + C の共振ピーク確認
おわりに
ビーズの正体は「周波数で目覚める抵抗」で、仕事は「ノイズを熱にして捨てる」でした。Z/R/X の 3 本線が読めるようになると、型番の海は「インピーダンス値 × 目覚めの周波数 × 電流」の整然とした棚に見えてきます。
次回はいよいよ最終回・選定フロー編です。「アナログ回路が乗るか?」から始まる選定フローチャートに、コンデンサ編とビーズ編の知識を全部つなぎます。私が産業機器の 24V ラインで実際に相手にしてきた「1MHz・−40dB」という現実的なお題を、フローチャートを歩きながら一緒に解いていきます。メーカー配布の実部品データ(S パラメータ)を emi-compass に読み込ませて「買う前に検証する」ところまで。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
この記事は Zenn に初出したものを加筆・補足したものです ── Zenn の元記事を見る