「これ、効いてるんでしょうか」— 産業用センシング基板の保護回路で、ずっと答えが出ない話
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先に、いちばん言いにくいことから書きます。産業用の基板に保護回路を入れるとき、私はいまでも「これ、本当に効いてるんでしょうか」と思いながら部品を置いています。二十年やってきても、そこは変わりません。
保護部品って、入れたい気持ちと、安くしたい気持ちの、ずっと続く綱引きなんですよね。しかも厄介なのは、入れた部品がどれだけ効いているのか、はっきりとは分からないこと。電圧やゲインなら測れます。でも EMI(電磁ノイズ)対策の部品は、効果が目に見える形で返ってこない。
これはハードの話に見えて、たぶんソフトを書く方にも覚えのある感覚だと思うんです。「このリトライ、本当に効いてるのか」「このキャッシュ、入れて速くなったのか、たまたまか」――測りにくいものにコストを払う、あの落ち着かなさ。だからこの記事は「こうすれば正解です」という話ではありません。分からないなりに、どう決めてきたかを、一緒に困りながら並べてみる、そういう読み物です。専門の言葉は、出てくるたびに私の言葉で短く言い直しながら進みます。
車載がうらやましい
車載の電子機器には、耐えるべき試験のリストが外から与えられます。電源ラインにどんなノイズや過電圧が来るか、どこまでの大電圧を想定するか――その"来るものの一覧"が、ISO 7637 や 16750、CISPR といった規格でわりとはっきり決まっている。だから保護設計が「リストに通す」に帰着できる。これはこれで大変なのですが、答え(仕様書)が先にあるだけ、私にはうらやましく見えます。
念のため、車載が"楽"という意味ではまったくありません。物理環境はむしろ、量産電子機器の中でもかなり過酷な部類です。ダッシュボードの上なら夏は内部が八十度を超え、冬は氷点下から立ち上がり、四六時中振動している。社外品(アフターマーケット)になると、どの車種のどこに付くかすら作る側には決められない。それでも"うらやましい"のは、その過酷さの中身が数字として存在していることです。耐える相手さえ決まっていれば、設計を「答え合わせ」に寄せられる。ただし、その"答え"の中身――OEM(自動車メーカー)固有の要求や試験条件――は、公開規格には出てきません。ティア1には取引と NDA の中で具体的に提示されますが、その下の階層へは、必要な範囲に分解されて流れていく。受け取れる席に座っていないと、答えがあること自体は分かっても、中身は見えないわけです。しかもそのティア1として機能安全(ISO 26262)に正面から対応するのは相当に重く、なりたくても入口が高い。だから正確には「答えは存在する。ただし、それを見られる席に座れていれば」――そういう種類のうらやましさなんですよね。
逆の極端が家電だと思います。別分野の方と話していて唸ったのですが、家電は人の使い方そのものが白紙なんですよね。掃除機を水でじゃぶじゃぶ洗う、コードを束ねたまま使う――"そんなことする?"を全部本気で想定して、それでも発火させない。仕様の外側がほとんど無限で、しかも一発で火事に直結する。あの理不尽さを思うと、産業の基板はずいぶん守られた世界だなと感じます。
産業機械はそうではありません。CNC(数値制御の工作機械)のように人の安全に直結する部分には機能安全の規格がありますが、その鎖の外にいる、ふつうのセンシング基板――温度を測る、電流を見る、その程度の基板の保護回路には、「こう作れ」と書いた処方箋が、事実上ありません。EMC(ノイズ耐性)の試験レベル(IEC 61000 の系統)はありますが、あれは「ラボでこの強さに耐えろ」であって「基板にこの部品を載せろ」ではない。テスト項目は与えられるのに実装は白紙、という状態に近い。しかも、ラボに通る最低限と、現場で十年持ちこたえる頑丈さは、別物です。
産業基板は、少なくとも屋内の一般的な盤の中にいるぶんには、灼熱や水気からは比較的守られています。だからこそ厄介なのは、目に見える過酷さではなく――効いているのか分からない、見えないノイズとグラウンドのほうなんです。なので、その空白を判断で埋めるしかない。判断を、電源の入口から順に上っていきます。
一段目:端子台の前にいる人
産業基板でいちばん現実的な「過渡」(突発的な電気の乱れ)は、雷でも、はやりの高速ノイズでもありません。端子台の前で配線している人です。端子台とは、基板に電源線をネジで留める差込口のこと。DC24V が当たり前のこの世界で、その線をプラスとマイナス逆に挿す。これがいちばん多い。
細かい理屈はこのあと順番に話しますが、先に、これから一段ずつ積んでいく入力段(電源の入口の回路)の全体像を置いておきます。

ここに私が置いてきたのは、地味な三点セットです。どれも"ふだんは何もしない部品"で、いざというときだけ仕事をします。
- 逆接防止:直列にショットキーダイオードを一本。ダイオードは電気を一方向にだけ通す部品で、逆向きに挿されたら電流を堰き止めてくれます。ショットキーはその中でも、通すときの電圧の落ち(ロス)が小さい型。だからブリッジ(四個束ねてどちら向きでも受ける構成)にするより素直です。FA は DC24V で極性が決まっている世界なので、「どっち向きでもいい」設計のほうがかえって不自然で、私は使いませんでした。守るのは"人の間違い"であって、極性という決まりごと自体を消す必要はない、という感覚です。
- 過電圧:バリスタ。ふだんは何もしないのに、電圧が決めた値を超えた瞬間だけ電気を通し、過大な電圧を自分が飲み込んで逃がす部品です。ただしチップ品(基板に直に貼る小さな表面実装型)は避けていました。劣化して最後に壊れるとき、熱を持って、最悪は基板を焦がすからです。リード品(足が生えていて基板から少し浮かせて付けられる型)なら熱を基板から少し逃がしやすいし、上流のヒューズと組み合わせて「壊れ方」まで含めて設計できる。
- 過電流:ポリスイッチ。流れすぎると勝手に高抵抗になって電流を絞り、冷えるとまた戻る、自己復帰するヒューズです。手の届かない設置でも勝手に復帰してくれる。
ここで一つ、教科書にもデータシートにも載っていない話を。実はこの三点、並べる順番に意味があります。過電流のポリスイッチは、バリスタより上流(電源の入口に近い側)に置く。バリスタは消耗品で、劣化すると最後は短絡側――電気を素通しにする側――に倒れることが多い。そのとき直列に入って電流を絞ってくれるものが手前にいないと、さっきの「基板が焦げる」が起きる。だから「過電圧=バリスタ」は単体では完成しなくて、「そのバリスタが壊れたとき、上流のポリスイッチが後ろから始末する」という対で、はじめて成り立つ。ソフトで言えば、例外を投げうる側と、それを必ず受け止める側を、セットで設計するのに近いかもしれません。
ただ、私自身、現場ごとの正確な並びを、いま記憶だけで自信を持って書けるかというと、心もとない。でも、それでいいと思っています。大事なのは部品の名前を三つ覚えることではなく、なぜその順番なのかという理屈のほうなので。
二段目:見えない方向から来るノイズ
三点セットは全部、プラスの線とマイナスの線の"間"を守る話です。回路の世界ではこれを差動と呼びます。本来測りたい信号も、この線の間の差にいる。ところが産業現場で本当にうるさいのは、そこではありません。プラスもマイナスも、機械の筐体(アース)に対して二本まとめて同じ向きに揺さぶられるノイズ――コモンモードと呼ばれるほうです。二本そろって持ち上げられるので、線の"間の差"を見ている三点セットの保護は、すうっとすり抜けてしまう。インバータ、電磁接触器(大電流を入り切りする大型リレー)、モータ。この辺りが、その犯人です。
ここで私が入れていたのは、DC24V のラインにコモンモードチョーク、そしてプラス・マイナスそれぞれから機械の筐体(FG=フレームグラウンド)へ、小さな高耐圧コンデンサ(10nF くらい)です。チョークがコモンモードの揺れに対してだけ高い抵抗を見せ、コンデンサがその揺れを筐体へ逃がす。二つで一つのフィルタ(特定のノイズだけ落とす関所)です。なお、この筐体へ落とすコンデンサに、私は安全規格品(Y コンデンサ)を使っていました。24V 系なので法的に必須と言い切れるかは用途次第ですが、充電された線を人が触れる筐体の近くへ橋渡しする位置なので、壊れ方が安全側に倒れるものを選んでおきたかった。これも「壊れ方の設計」で、バリスタをチップにしなかったのと同じ筋です。
この種のフィルタ、実は自分で L(コイル)と C(コンデンサ)を組むのが、私はずっと怖かったんです。コイルとコンデンサを組み合わせるとフィルタになりますが、組み合わせ次第で"共振"して、ある周波数だけ、入れた信号より大きくして出してしまう。ノイズを減らすつもりの回路が、その一点では増幅器になる。ソフトで、抑えるはずの仕組みがある条件で発振して、かえって悪化する――あの気持ち悪さに少し似ています。
言葉だけだと伝わりにくいので、入口のコイルとコンデンサで簡単な数値モデルを作って、周波数を一通り振ってみました。

実線を見てください。横軸が周波数、縦軸が「出力 ÷ 入力」で、0dB が"素通り(入れたまま出る)"の線です。その 0dB より上に山が出ています。ここでは、減らすどころか増えている。怖いですよね。受動部品なのでパワーを生んでいるわけではなく、あくまで電圧の比で見ると入れたぶんより大きく出てしまう、という意味ですが、それでも実害は実害です。点線のように適切なダンピング(共振の暴れを鎮める"おもし"。抵抗成分で山を抑える)を足せば平らになりますが、その「適切」を現場の不確かさの中で当てにいくのが、私には荷が重かった。
だから私は、ここを箱で買うことがよくありました。村田製作所のブロックタイプ EMIFIL のような、特性をメーカーがダンピングまで含めて保証してくれた一体型の部品です。高くつくし、中身はブラックボックスです。でも、いま思えばあれは、自分で背負いきれない不確かさを、お金で外注していたのだと思います。よくテストされたライブラリを、自分で書く自信がないときに迷わず使う――あの判断と、たぶん同じです。怖いから自作の山を避け、必要なときは保証された箱を買う。部品選定というより、私の臆病さの設計思想でした。
三段目:アナログの電源、そして「効果が見える」唯一の場所
センシング基板も、制御装置と同じく DC24V で動きます。これを 5V や 3.3V に落とすのに、最初は LDO を使いたくなる。LDO は、入力電圧を少しだけ削って、きれいで一定の電圧を作る素直なレギュレータです。でも 24V から 3.3V まで落とすと、その"削った差"がぜんぶ熱になる。熱くなりすぎるし、無駄も大きすぎる。だから主たる降圧はスイッチング――電気を高速でパチパチ切って効率よく電圧を落とす方式――にして、ADC(アナログの電圧をデジタルの数値に変換する部品)まわりの最後の仕上げだけ LDOにしていました。スイッチングは効率が良い代わりにノイズ(リプル=電源に乗る周期的な細かい揺れ)を出すので、その仕上げの LDO に、リプルを削ってからアナログへ渡す役を持たせる、という考えです。
LDO がノイズをどれだけ通さず止めてくれるか、その能力を PSRR と呼びます。ところが、ここに落とし穴があります。LDO の PSRR は、データシートだと立派な数字が並ぶのですが、その見出しの良い数字は、低い周波数での条件であることが多いんです。スイッチング電源が暴れるのはもっと高いほうの周波数で、PSRR の周波数カーブをそこまで見にいかないと、効きがぐっと落ちている帯域に気づけません。私も、データシートの良い数字だけ見て安心して、痛い目を見たことがあります。
では実際どうしていたか。お恥ずかしい話、間に追加のフィルタを入れず、LDO の PSRR 任せでした。それで ADC の読みに、電源由来らしい周期的なノイズが乗ったか? ――乗りました。だいたい 100µV(0.0001V)くらいが限界だった気がします。その残りは、ソフトに頼りました。ADC を速めに何回も読んで、移動平均や中央値を取る。ここはソフトの方の土俵ですね。
これがまた、油断できないんです。ハードで取り逃がした高周波ノイズを、ソフトの力技で抑え込みにいったときに出る罠です。平均すればリプルは消えます。……消えるように見えます。

扇風機やプロペラを動画で撮ると、速く回っているのに、止まって見えたり、ゆっくり逆回りして見えたりしますよね。あれと同じことが、ここで起きます。上の段がそれです。100kHz のリプル――本来とても速い波――を、ほんの少しズレた間隔(たとえばリプルが 100kHz、読み取りが 99.987kHz、といった具合)で拾うと、サンプルした値そのものが約 13Hz のゆっくりした波になってしまう。元の信号に、こんな遅い波はどこにもありません。サンプリングのズレが勝手に生み出した"幽霊"です。専門用語では折り返し(エイリアシング)と呼びます。
下の段が、その実害です。サンプリングが整合していれば、平均後(青)は真値(灰の破線)にぴたり重なります。ところがズレると、さっきの幽霊が測定値に乗って、平均後(赤)が真値から離れていく。しかも厄介なのは、その幽霊がいかにも信号らしい、ゆっくりした波であること。もう速い波ではなく、真の信号と同じくらいの遅さなので、後から平均しても、真の信号と見分けて取り除くことができません。「きれいに取れた」と思ったグラフが、実は嘘だった――これが、気づきにくくて怖いんです。
どのくらい気にするかは、結局そのときの分解能しだいでした。分解能とは、ADC が電圧を何段階の細かさで刻めるか。12 ビットくらいの粗さなら(3.3V や 5V をフルに使う前提で)100µV のノイズは刻みに埋もれて見えず、PSRR 任せでも通ってしまう。16 ビットまで細かくすると、その 100µV が数字に顔を出してきて、ソフトの後処理が要る。数字を細かく出すのはやめておきますが、肌感としてはそんな具合です。
――ここまで「効果が分からない」話ばかりしてきました。一つだけ、効果が数字で見える場所があります。ADC の基準電圧(リファレンス)です。ADC は"この電圧を物差しにして測る"という基準を持っていて、その物差し自体が揺れると、測定値がぜんぶ一緒に揺れる。だから私はここを電源レールから取らず、専用のリファレンス部品にしていました。リファレンスは、初期精度も、温度での動きも、ノイズも、ぜんぶ仕様の数字で出てくる。安価なツェナーダイオード式から、高級なアナログ系メーカーの精密リファレンスまで、選択肢は幅広い。
ただ――ここでも結局、同じところに戻ってくるんです。サブ ppm(百万分の一以下の精度)の立派なリファレンスを買っても、まわりに 100µV の電源残りがあって、基板に熱の偏りがあって、出荷時の校正もしないとしたら、その精度は使い切れない。買った数字を、まわりが実現させてくれるか。これは、さっき「箱を買う」と言ったときの判断と、まったく同じ構造でした。見える世界から入っても、行き着く問いは同じだった、というのが、私には少し可笑しくて、少し怖い。
最上段:勝てない相手には、土俵を変える
ここまでは、見えない敵に保険を重ねる話でした。ただ、梯子にはもう一段、上があります。
ノイズ源が外からではなく、装置の中にいるとき――回転する重い負荷のような――三点セットも、コモンモードのフィルタも、PSRR も、ぜんぶ足りなくなる瞬間があります。機器どうしの"アースの基準"がずれて、その差で余計な電流が回り込む。グラウンドループと呼ばれる現象です。そうなると、もうフィルタで個別に対処するのはやめて、信号は渡すけれど電気的なつながり自体を断ち切る。絶縁です。保険ではなく、撤退の判断。土俵を変える、という言い方がいちばん近い。
この「装置の中で回り出した瞬間に何が起きたか」は、それだけで一本ぶんの重さがあるので、稿を改めて別に書きます。ここでは、梯子の最上段には「張り合わずに土俵を変える」という手がある――とだけ、置いておきます。
終わりに
結局この記事に、すっきりした正解はありません。私も、置いた部品が本当に効いているのか、完全には分からないまま、出荷の判断をしてきました。
それでも、分からないなりの決め方はある、とは思っています。理屈のある型を持っておく(三点セットと、その並べる理由)。背負いきれない不確かさは、お金で箱を買って外注する。手に負えない領域からは、測れる領域(ソフトの後処理や、仕様の出るリファレンス)へ問題を逃がす。そして、どうやっても勝てない相手とは張り合わず、土俵を変える。
これはハードの話でしたが、たぶんソフトでも、見えないものにどれだけ手間とお金をかけるかの綱引きは、形を変えて同じはずです。正解を授けることはできないのですが、「難しいですよね」と同じところで一緒に困れたなら、この記事は役目を果たせた気がします。
記事中のグラフ(共振の山、平均とサンプリング)は、回路の動きを numpy で数値計算した簡単なモデルで、実機の測定値ではありません。形の傾向を見るためのもので、絶対値は環境で変わります。入力段の図は構成のイメージを示す説明用で、定数や並びは現場ごとに変わります。
この記事は Zenn に初出したものを加筆・補足したものです ── Zenn の元記事を見る